溝端葵ちゃん
Mizobata Aoi
溝端葵
溝端葵のプロフィール
身長163cmスリーサイズB90 W58 H88
生年月日
2001年5月3日
年齢
25歳
カップ
Hカップ(推定)
出身地
大阪府
血液型
A型
所属事務所
seju
デビュー
2025年3月
趣味
岩盤浴・サウナ・水族館・フレグランス集め・蕎麦屋巡り
特技
セルフジェルネイル・ダンス・バドミントン
カップ数は事務所公式(seju)にも出版社公式にも記載が無い。Hカップは推定値で、グラビア媒体が一貫して使っているB90・W58・H88とセットの数字を採っている。
溝端葵の略歴
雑誌のモデルオーディションに応募して最終審査で落選。東京での審査の後、原宿で次々にスカウトされ「気づいたら行列になっていた」。最も熱心だった事務所に所属し、モデル・女優志望で複数の広告に出た。[1]
ミスセブンティーンに応募するが、ファイナルで落選。[1]
事務所から上京を勧められたが断って退所。中学の成績がオール5で行きたい高校があり、コロナ禍で業界の仕事も減っていた。高校ではダンス部で全国大会に出場している。[1]
就職を考えたときに芸能への心残りが残り、芸能スクールの大阪校へ1年間通う。「大学3年生の時、就職について考えたんですけど、高校入学時に芸能の仕事を辞めたことが心残りで」。塾講師と化粧品販売のアルバイトもしていた。[1]
TikTokを見たsejuからSNSにDMが届く。スクール卒業・大学卒業のタイミングで入所し、同時に上京した。[1]
上京して間もなく、宣材写真もない状態で週プレ編集部へ顔見せに行き、その場で撮影が決まる。「宣材も何もないまっさらな状態で顔見せに行き、決まったわけですから。今思えば本当にびっくりです」。撮影は鎌倉周辺のスタジオと海で行われた。[1][2]
『週刊プレイボーイ』12号でグラビアデビュー。同時配信のデジタル写真集『ガチでブレイクする5秒前』は、その月のグラジャパ!マンスリーランキングで1位になった。「いわゆる世間で言われているseju顔じゃないですけど、こういう顔もsejuにはいるってことをアピールしたいです」。[2][1]
『週刊プレイボーイ』26号で初の雑誌表紙&巻頭グラビア。奄美大島ロケで、初のDVDが付いた。デビューからわずか3か月だった。[3]
『週刊プレイボーイ』37号で2度目の表紙(北海道・函館ロケ、撮影:熊谷貫)。[3]
「まだ始めて1年も経っていないのに、度々、雑誌の表紙を飾らせていただき、大勢の方から『グラビアの天下を取れるよ』って言っていただくんです。なので、これはもうグラビアの天下を取りたいと思っています!」と語る。[3]
「グラジャパ!AWARD 2025」でグランプリを受賞。受賞理由は「モデル別売り上げ全体1位」だった。「小学生の頃からモデルや女優のオーディションを受けてきましたが、いつも最終審査止まり。芸能活動でトップの称号をいただけたのは今回が初めて。結果を聞いた時は思わず飛び跳ねちゃいました(笑)」。同日発売の週プレ3・4合併号で3度目の表紙にもなった。[6][7]
[2] 週プレNEWS 初グラビア・本人コメント(2025年3月10日)
[3] 週プレNEWS ロングインタビュー後編(2025年11月1日)
[4] ヤンマガWeb 2025年49号 表紙
[5] seju公式 溝端葵 プロフィール
[6] グラジャパ!AWARD 2025 グランプリ・本人コメント
[7] 週プレNEWS 週プレ3・4合併号 付録DVD(2026年1月6日)
[8] 日刊スポーツ 1st写真集発売決定・本人コメント(2026年4月24日)
[9] ORICON NEWS 1st写真集(2026年7月)
[10] 集英社 1st写真集『あおいままで。』商品ページ
[11] 週プレNEWS 1st写真集の詳細・イベント告知(2026年4月26日)
[12] 週プレNEWS 発売即重版・本人インタビュー(2026年8月9日)
[13] 週プレNEWS『もうひとつの、あおいままで。』(2026年8月9日)
溝端葵のX投稿
溝端葵1st写真集 「あおいままで。」
溝端葵 【増量版 全50P】ヤンマガアザーっす!<YM2026年15号未公開カット> ヤンマガデジタル写真集
溝端葵 【増量版 全50P】ヤンマガアザーっす!<YM2025年49号未公開カット> ヤンマガデジタル写真集
溝端葵の他の作品
写真集
ヤンマガデジタル写真集
FRIDAYデジタル写真集
その他
溝端葵の動画
1st写真集『あおいままで。』の発売4日前に出た1分20秒。週プレ30・31合併号の付録DVDからの抜粋で、スリランカで撮った写真集の空気を先に見せる作りになっている。再生は34万回。























